大人になる
 ということは
 涙を天に返すことなのかと
 思っていた

 女という種族でありながら泣かない母がいた
 男という種族は言うまでもなく
 老体の皺の隙間からにじみ出る物は 涙ではない別の何かだと思っていた。

 生まれてくるはじまりの日に
 男もなく女もなく老体もなくただ 生まれてきたそのために泣いたのに
 冷たい石に横たわる最期に
 誰しもが涙を落とすことはなかった

 理由もなく涙することは無いと言う。
 それは紅葉手を持った赤子のすることだという。
 雨上がりに路地にたまる水たまりが
 涙の落とし物ではないとするなら
 揮発性の高いその液体は
 年月とともに空にかえるのだろう。

 何故かと問うことはない
 切り花の生けられた一輪挿しの水が
 日に日に水位を下げるように
 自然の理念に逆らうつもりもない

 ただ
 私の指先に
 ほんの少し傷をつければ
 そこから流れ出る物は
 赤い鈍色をした涙であるということを
 ただ私が 知っているだけだ

 これは生来の気質だ
 人より少し背が大きかった
 それと同じように
 人より少し この液体の揮発性は ほんの少し低かった

 一人きりの部屋で膝を抱える
 世界のどこかで世界の終わりのような悲鳴が聞こえ
 世界のどこかで薬指のつけねに口づけをする状景が浮かぶ
 誘われる涙は
 理由とは程遠い

 この涙は絶望と歓喜だ
 そして名前もつけられないほど
 美しく研ぎ澄まされた心の動きだ。

 信じられないことかもしれないが
 一人で流す私の涙は
 未だ 私の言葉よりも美しいのだ 
そういえば ひめかみ という名前は
林檎の品種からとりました。こうぎょくと、ふじのあいのこのようです。

果物は全般的に好きですが、りんごの姿が一番好きです。

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